最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)129号 判決 1997年3月14日
東京都新宿区西新宿二丁目一番一号
上告人
三和シヤッター工業株式会社
右代表者代表取締役
高山俊隆
右訴訟代理人弁理士
廣瀬哲夫
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 荒井寿光
右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第二三五号補正却下決定取消請求事件について、同裁判所が平成五年三月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人廣瀬哲夫の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成五年(行ツ)第一二九号 上告人 三和シヤッター工業株式会社)
上告代理人廣瀬哲夫の上告理由
まず本件上告事件は、特許庁における審判(昭和63年審判第20674号)においてなされた補正却下決定の審決の取消しを求めた訴(平成3年(行ケ)第235号)について、「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を受けたことを不服とするものであります。
上記原判決は、上告人が、実願昭57-185030号の出願について、特許庁に昭和63年12月21日付けで提出した手続補正書によつて補正した明細書全文の補正(以下「本件補正」という。)が、実用新案法第13条で準用する特許法第53条に規定される要旨を変更するものであるか否かを判示したものでありますが、この判示をするにあたり、東京高等裁判所は、実用新案法第9条において準用する特許法第41条の規定中、特に「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の法意を理解せずに判断をしたものであつて、審理不尽若しくは理由不備の違法があり、判決に影響があること明らかであると思料し、上告するに歪つた事件であります。
因みに、本件補正によつて、実用新案登録請求の範囲を、
「火災等による異常な温度上昇を感知して防災機器を自動的に作動させる温度感知装置であつて、該温度感知装置は、熱によつて特性の変化する感知体と、該感知体が線状に装着された板状部材と、高温による感知体の特性変化を検出する検出機構とで構成され、前記板状部材は、異常な温度上昇を面域のいずれの部位からでも感知体に伝搬する熱伝導性媒体で構成してあることを特徴とする防災機器の温度感知装置。」
として、都合4箇所のアンダーライン部分について補正したものであります。
上告理由の第1点
(1)原判決は、本件補正が要旨を変更するか否かの判断をするにあたり、願書に最初に添付された図面に記載される事項についても判断すべきであるのにこれを怠つており、審理不尽もしくは理由不備の違法がある。
(2)実用新案法では、出願公告前に手続補正書によつて補正された実用新案登録請求の範囲の記載が要旨を変更するものであるか否かについて、同法第9条で特許法第41条を準用しているが、この準用規定から、実用新案法では「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において実用新案登録請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」旨の規定があることになる。
この規定の意味するところは、出願公告の決定謄本の送達前にする実用新案登録請求の範囲について、これを、願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、当該明細書についていうときは「当初明細書」と、図面についていうときは「当初図面」と、両者についていうときは「当初明細書および図面」という。)に記載される事項の範囲内であれば増加し減少し又は変更する補正をしても、これについては要旨を変更しないものとして取り扱う旨の規定である。
(3) この様に、明細書の補正に際し、当初図面に記載される事項の範囲内の補正であれば要旨を変更するものでないとする理由は、実用新案法が「物品の形状、構造または組合せ」に係る考案を保護対象(同法第1条)とし、この様な物品の形状、構造または組合せに係るものは、物品の形状、構造または組合せであるが故に図面に記載して表すことができ、一方、第三者は、図面を見ることで、考案の内容を実施例として容易に理解できることからである。要するに図面には、考案の具体的実施例が記載されるのであり、その様なこともあつて、実用新案法では、その第5条第2項柱書きで「図面」を願書に添付する必要書類の一つとして規定している。
そうして上告人は、本件補正が要旨を変更するものであるか否かを、原裁判において、当初明細書に記載される事項だけでなく、当初図面に記載される事項の範囲内との関係で要旨を変更するものであるのかどうかの判断を求めたのに対し、原判決の判決書には、当初図面の取扱いについて、「第2当事者間に争いの無い事実」の補正却下決定の理由の項で僅かに形式的に記載しているものの、それ以降の「第3 原告主張の取消事由の要点」の項以降、当初図面に関する具体的な言及について全くの一言の記載もなく、当初明細書に記載される事項との関係のみに終始しており、上告人主張の当初図面に具体的に記載される事項についても求めた判断が全く無視されたままの状態で判断し、そして判決していること明らかである。
(4)ところで、当初図面の第1図、第3図には符号「3a」で引出される電気抵抗線が、隙間を存した蛇行状態ではあるが線状(蛇行線状)になつているものが示唆されること、だれが見ても明らかである。
上告人は、斯る当初図面の記載に基づいて、本件補正によつて補正された前記実用新案登録請求の範囲の補正事項のうちの三番目の「感知体が線状に装着された板状部材」とアンダーライン部分の補正をしたのであるが、原判決では、斯る補正は、判決理由書第7~8頁に記載されるように実用新案登録請求の範囲を拡大するものと誤つた認定判断をしている。
このような原判決の誤つた認定判断は、上告人が原裁判で求めた当初図面に記載される具体的事項を全く無視して判断したからに他ならず、当初図面に記載された具体的事項に基づいて極く常識的に判断すれば、前記「線状に装着された」という本件補正の第三番目の補正が、実用新案登録請求の範囲を何ら拡大するものでないこと、また明らかである。
(5)要するに、原判決では、上告人が原裁判において求めた当初図面に記載される事項の範囲について、これを具体的に判断することを全く無視し、当初明細書のみに記載される事項との関係で、本件補正が要旨を変更するものであるか否かの判断をし、これに基づいて前記判決をなしたものであつて、審理不尽若しくは理由不備の違法があり、判決に重大な影響があること明らかである。
上告理由の第2点
(1)原判決は、本件補正が要旨を変更するか否かの判断をするにあたり、願書に最初に添付された明細書、図面の両者に記載される事項に基づいて総合的に判断すべきであるのにこれを怠つて判断しており、審理不尽もしくは理由不備の違法がある。
(2)実用新案法で特許法第41条を準用することは、前記上告理由の第1点の項で述べたところであるが、その場合に、要旨を変更するものであるか否かの判断は、当初明細書と当初図面との両者に記載される事項の範囲内である具体的技術的事項に基づき総合的に行うべきであつて、両者を切り離して判断すべきでない。
蓋し、実用新案法においては、同法第5条第2項の規定から図面は願書に添付する必要書類と規定しており、明細書と図面とは、願書から切り離すことができない一体不可分のものであつて、例えば、明細書の記載が図面との関係で合致しない点や不明瞭なところがあつたとき、明細書の該部分を図面の記載に基づいて補正することができ、また逆に、明細書の補正に合わせて図面を補正することもできるのであつて、両者は、互いに補完する関係にあるといえるものであるからであり、さらに図面には、実用新案登録請求の範囲に記載される考案が実施例として図示されるものでもあるからである。
そうして、前記「記載される事項の範囲内」とは、当初明細書および図面に記載される事項の範囲内から示唆される技術的思想たる考案であつて、当業者が当初明細書または図面に記載される事項から自明な事項として認識できる技術的思想であればよく(この点での当事者同志の争いはない)、その場合に、それを表現する文言が、当初明細書に記載されていない新規な文言であつたとして、そのような文言を用いるのが普通であれば、その文言を用いて明細書を補正したとしても、それは前記記載される事項の範囲内において、それを表現するための通常の方法であり、これによつて要旨が変更するものではない。
(3)ところが、原判決では、その判決理由書に記載されるように、当初明細書に記載される事項についてのみ検討を加えており、当初図面に具体的に記載される事項と対応させることを全く怠つている。
原裁判では、本件補正について「板状部材は、異常な温度上昇を面域のいずれの部位からでも感知体に伝搬する熱伝導性媒体で構成した」という前記第4番目の補正事項が、当初明細書および図面に記載される事項の範囲内であるか否かが最大の争点となるところであり、この点は原裁判所でも認めるところである。
ところで、本件考案の実施例について記載される当初明細書の第8頁第5行から第8行にかけて「感知体3を・・・板状部材2の面方向に蛇行状に敷設して板状部材2の表面全域を感知面としたので、どの部分であつても熱を感知することができ」という記載があることが認められる。
該当初明細書の記載から「感知面」となるのは「板状部材2の表面全域」と解釈するのが相当であり、そして「どの部分」というのは「板状部材2のどの部分」と解釈するのが相当である。
一方、当初図面には、同じ実施例において、感知体が蛇行状ではあるが間隙を存して線状に装着されていることが示唆されることは前述の上告の理由第1点で述べたとおりであり、さらに当初図面の第3図、第4図に記載される実施例のものは、当初明細書の記載からサツシ8に嵌め殺し状に嵌着したガラス板9を板状部材としたものを図示したのであるから、その大きさを現実のものに勘案してみれば、板状部材には感知体のない間隙部分が存在すること、また明らかである。
そうすると、これら当初明細書および図面の記載に基づいて総合的に判断したときに、該部分の記載は「板状部材2は、感知体3aの有る部分と無い部分とを含めた表面全域が感知面となる」と解釈するのが相当であつて、それ故「どの部分であつても熱を感知することができる」と当初明細書に記載されているのであると解釈される。
そして、板状部材2の感知体3aが無い部分が感知面となるには、感知体3aが無い部分の板状部材2が感知した熱が、当然に近くの感知体3aに伝搬されなければならないのであり、それには、板状部材2が感知体3aに熱を伝搬する媒体、つまり熱伝導性媒体で構成されていなければならないのであり、この様に、板状部材が熱伝導性媒体で構成されることは、当初明細書および図面に記載される事項の範囲から総合的に判断すれば、当業者において全くの自明な事項なのであつて、当初明細書および図面に記載される範囲内から当然に示唆される技術的自明事項であるといえる。
(4)この様に、当初明細書および図面に記載される範囲内の技術的自明事項であると認められる「板状部材が感知体に熱を伝搬する熱伝導性媒体で構成される」旨の技術思想が、当初明細書および図面にはないとする原判決の誤つた判断は、本件補正の内容を、当初明細書に記載される事項のみから判断し、当初図面に具体的に記載される事項を全く無視するという、前記準用する特許法第41条の法意を正確に理解せずになしたことによるものであり、よつて審理不尽若しくは理由不備の違法があり、判決に重大な影響があること明らかである。
以上